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EVENTS in KAGOSHIMA 2006 6.29-7.2 密着REPORT!!
6.29 サプライズ凱旋
7.1 道場開き
7.2 ラジオ生出演
・ANOTHER STORY
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EVENTS in KAGOSHIMA 2006 6.29-7.2 密着REPORT!! ANOTHER STORY 道場開きに寄せた、もう一つの想い

The 1st. step

長渕と新保(にいほ)氏が出会ったのは10年前。鹿児島のさらに南の島、奄美大島でのことだった。

新保氏は新極真会の中でも世界トップクラスであり、日本代表選手コーチも務めているほどの猛者で、第6回、第7回、第8回全世界大会にも出場、輝かしい成績を修めている。トレーニングに対して、つまりは生きる事に対して、ストイックでアグレッシブ。そんなところが長渕と相通じたのだろう、その後、毎年お正月やお盆には必ず一緒に汗を流し、長渕の家に「新保の部屋」ができるほどの関係に至るまでには、時間はかからなかった。また、長渕の熊本での映画撮影の際、新保氏は鹿児島から駆けつけ、さらには6年前の長渕の母の他界、今年4月の長渕の父の急死、その両方に居合わせるという、まさしく必然的な何かを感じる二人。いつもいつも一緒にいる密着した関係でなく、お互いがお互いを尊敬し、時に長渕が新保氏を支え、またある時には新保氏が長渕を支える、独立した男と男の関係であった。

この不思議な縁をもたらせたのは、日本が世界に誇る精神的文化遺産、全世界に70カ国7万人の会員を有する新極真会の代表である、緑健児代表だった。身長165cm体重70kgの小柄な緑氏が、2mを越す巨体の選手が出場する第5回全世界大会で優勝した実績は、世界から『小さな巨人』と絶賛され、現在は新極真空手支部の運営支援・大会運営といった業務を中心に、骨髄バンク支援や青少年指導を行っている。
「私の出身の奄美は、ちいさな辺ぴな島だから、誰もライブに来てくれなくてね。」緑氏の口からぽろっとでた言葉から、奄美大島でのライブ計画がスタート!二人の関係はどんどん深まっていった。空手一筋、10代、20代の現役選手に負けず劣らず、現在もトレーニングを続け心身の鍛錬に励む緑氏は、おそらくは不慣れであろう、ライブ実現のために島中を廻って準備を進めた。どこから手配したのか、島には不釣り合いなベンツで長渕の送り迎え、プレハブ仮設の楽屋には「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」と、何度も何度も顔を見にきては、「島の人たちはライブになれていないから、みんな、拳を挙げてくれるかな…、盛り上がってくれるかな…」まるで自分のことのように、長渕以上にドキドキし、ライブの成功を心から祈っていた。
もちろん、そんな緑氏の不安は一瞬のうちに解消!島をあげての温かい歓迎を受け、みんなで笑い、歌い、拳を突き上げ、なんとその日のライブは三時間半にも及んだという。
ふと見ると、緑氏が涙を流していた…。それを見て、長渕も、泣いた。「また来るからな!」…そして再度奄美を訪れ、1年のうちに2度もライブを開催したのだ!

島の人たちの温かな心に触れ、海、山、大自然に囲まれて、島で採れたおいしい食事をみんなで食べながら、長渕は何を思ったのだろう。
…島の人しか集まらないライブ。東京ドームや日本武道館とは機材も違えば規模も小さい。でも、島中みんなの笑顔がそこにあった。若者がなんの遠慮も恥ずかしげもなく、つよし!つよし!と話しかけてくる。大きな会場(ハコ)では味わえない、人間としての満足感や充足感。俺、ここへ来てよかった…!そして、緑氏が、長渕への熱い想いをずっと持ち続けてくれた事、そして、長渕の緑氏に対しての尊敬の念…。互いの友情は、ここにもしっかりと形となり、実現し、ますます友情は深まっていった。

「新保に喜んでほしいんだ。そしてはるばる鹿児島まで来てくれる人たちに、心から楽しんでいってもらいたい。哀川翔も、この為だけに駆けつけてくれるんだからな!普通の道場開きじゃ、ダメだ!」

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The 2nd. step
道場開きの2日前。
生放送中のラジオ番組から飛び出し駅前を占拠したサプライズライブで、長渕はその日の朝作った曲を、即興で演奏した。

死んだ父ちゃん 西鹿児島駅前の ポリBOXで
うかねえ面(つら)して 生涯 “おまわりさん”をやっていた

今、まさにそこで、長渕は、歌っている。

俺の鹿児島よ、どこへ行くッ!!
俺の鹿児島は、田舎じゃなかったんか!!

橋は壊され、山はけずられ
知恵をつけた 錦江湾に プカプカ浮かぶのは
腐った死体と 銭じゃ ねえだろうな!!

かくれてねえで 出て来いや! かくれてねえで 出て来いや!
丸に十の字の薩州薩摩のぼっけ者(も)んよ!!

痛烈なプロテストソングだった。
大きな観覧車…新幹線も止まる大きな駅…外国からやってきたオシャレなコーヒーショップ…。変わり続けるふるさとに対する、嬉しい気持ちと、淋しさ…。その狭間で感じる、発展と崩壊への警告。そんなものが激しい叫びとなって現れた。
便利な暮らしは誰にだって嬉しく、喜ばしいものだ。きれいで安全な住宅や高層ビルも、これからの時代には必要不可欠。もちろん俺だって、あの大きな観覧車に乗りてぇ!でもな、この発展の裏に、涙を流す人がいたり、悲鳴を上げている人が必ずいる。それは、どう考えてもおかしなことだろう。…お前にも悲鳴は聞こえているだろう?なあ、薩摩のぼっけ者(も)んよ、俺と一緒に闘わねえか!?名乗りを上げる若者はいねぇか!?

20数年前、父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃんと別れを告げ東京へ向かった、今はなき西鹿児島駅。
母が逝き、父を亡くし、帰る場所をなくした今、たとえ鹿児島の風景は変わっても、そこに住む人々はいつでも「おかえり!」と、温かな気持ちで迎えてくれる。薩摩のみんなだからこそ、変わらないでいてほしい。そんな気持ちが伝わってきた。

少女が瞬きする 一瞬に 失くしちまった物を探す為に 俺 帰ってきた!!

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The 3rd. step
帰る家が出来たよ。「おかえり!」と言ってくれる家がね。

真友(マブダチ)・新保智(にいほさとし)氏と2人、10年がかりの積立貯金。夢は「道場」という現実になった。
道場開きセレモニーが終わった夜、新保氏から長渕にメールが届いた。

新保「道場に一人でいます。今日という日を絶対に忘れないよう、心に焼き付けています。」
長渕「どうした?俺も行こうか?」
新保「今日の終わる夜中の12時までは、道場にこうしていようと思います。」
長渕「…そうか。わかった。…じゃあまた明日、一緒に川べりを走ろう!そして、朝ご飯を食べような!」
新保「…押忍。」

翌朝、二人はランニングと軽いトレーニングをし、朝飯を腹いっぱい食べた。それだけでよかった。

長渕は過去「ガンジス」で、『旅をするのは 帰る家があるからだ』と歌っている。人は皆、そうなのではないだろうか。帰る家があるからこそ、おもいっきり外に飛び出していけるのだ。人生の出発点、つまりは生まれた場所、父母と暮らした思い出の場所、それらがあるからこそ今の自分があるのだと、再確認する事は誰にでもあることであろう。
インドで出会った強烈な体験…4本の火柱がめらめらと燃えさかり、露天で人間が焼かれていく様を目の当たりにし、その死臭というものを肉体全部で嗅ぎ取った時、長渕は「生と死」を考えたにちがいない。いつかは俺も死に、灰になるだけだ…。 …ならば、今というものを精一杯生きよう!
…死を自覚して生を謳歌すべし!

旅とはまさに人生そのもの。長渕にとっての『帰る家』とは鹿児島、つまり亡くなった父母と暮らした鹿児島での原風景なのだ。もし新保氏がいなくなった時に、原風景さえも思い出の中だけでしか生きられないという現実に、おそらく長渕は、寂しくて絶えられなかったのだろう。
…“そこ”には子供たちがいて、友人がいて、新保氏がいて、両親に変わるおじちゃんやおばちゃんがいて。長渕は“そこ”に、『「ただいま!」と帰る家』というイメージを投影したのだろう。そう、“そこ”は、何十年も離れた鹿児島との精神的な距離感を縮めてくれる場所…鹿児島人の独特な顔つき、ふるさとの持っている匂い、おじちゃんおばちゃんの方言…そういったものに瞬時に包まれてしまう温かさ、そんな空間を求めたのだ。
それが、緑代表や新保智氏と出会った事で、道場という一つの形になったのだ。

私利私欲のためでなく、みんなで共有できる場所。単なる自分の自宅、というのではなく、みんなの笑顔のため、子供も、大人も、そして友人たちもが、活き活きと一生懸命汗を流し、「セイヤー!」と気合いの入るような道場を創ろう!
聞こえてくる子供たちの笑い声…稽古に励む激しい息づかい…陰で見守るやさしい気持ち…新しい生命が吹き込まれ完成した新道場。帰る家ができた今、長渕はまた更なる旅路にでようとしている。

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